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      <title>司郎のチョットひとこと</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>4月1日よりブログをお休みいたします</title>
         <description>4月1日から都合により2～3週間程ブログをお休みさせて頂きます。
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         <pubDate>Thu, 27 Mar 2008 11:34:38 +0900</pubDate>
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         <title>3月14日のひとこと</title>
         <description>昭和三十八年春、東京ダイハツ入社、新入社員講習の時に「ゼネラルモーターズ」の年間取引高が日本の国家予算を上回っているという話は衝撃的であり、アメリカという国の大きさ、ものすごさを確認させるに充分であった。一社で日本の国家予算、終戦後すぐに立川で母と住んでいた私は「ギブミーチョコレート」を経験している世代であって、進駐してきた米兵達には少しの恐怖感と大きな尊敬の念をもっていたような気がする。彼等も少なくとも我々子供達には易しかった。このような体験からアメリカには夢と憧れを持っていた。アメリカ本土に初めて立った時の感動は今でも忘れられない。そのアメリカの「ゼネラルモーターズ」を日本の「トヨタ」が一社で抜こうかという勢いである。隔世の感がある。あれから四十五年日本の経済発展は途方も無い成長をした様に見える。しかし人々の生活はそれと同様に良くなったのであろうか。そうは思えない。何かとても大切な「もの」を置いてきてしまった様に思えてならない。「夢」も「希望」も持てない、何か一途にもなれない。バランスの悪さを感じる。東京のド真中の地下道に寝ている人の何んと多い事か、「これはおかしいですよ！」</description>
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         <pubDate>Thu, 13 Mar 2008 21:18:47 +0900</pubDate>
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         <title>3月7日のひとこと</title>
         <description>全く忘れっぽくなってきた。「昨夜の夕食何だった」と聞くのが「ボケ」の状況を見る一つの基準になるとか、少しの時間は考えても良いという但書はつくが、自分はまだ大丈夫かな？、何に対しても出来るだけメモをとる様にいている。人との約束を忘れてしまったという事態はまだ起こしていないが、段々あぶなくなりそうである。六十才までは老化という変化をあまり感じる事はなかったのであるが、六十五才を越えたあたりから、これはおかしいぞ、ああ衰えたなあと感じる事がどんどん出てくる様になった。テレビを見ていても、見覚えのある俳優さんなのだが、名前が出てこない。三日位して突然思い出したりする。それが妙にうれしかったりする。古い事は結構記憶しているのに、最近の事が思い出せない。一週間前に会った人の名前が思い出せない。まあ沢山の人を会っているのだからしょうがないと、自分に弁解している。「麻雀」「競馬」「女」この三つをボケ防止の「三種の神器」とかつて悪友が教えてくれた。実践してみるか！理にかなっているとは思う。先日新宿駅の改札口で「鈴木さんしばらくです。お元気ですか」と声をかけられた「やあしばらく」と返答はしたものの今だに誰だかわからない。「沢山の人に会うからしょうがないか！」</description>
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         <pubDate>Thu, 06 Mar 2008 18:05:08 +0900</pubDate>
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         <title>2月29日のひとこと</title>
         <description>国技館で行われた5000人の「第九」に参加し、夫婦で歌ってきた。5000人とは合唱団員の数である。上は九十二才から下は四才まで、それこそ老若男女、色とりどり。九十二才で「第九」を歌おうとはただただ絶句、胸があつくなる。多分、前向き前向きの人生を歩まれてきたのであろう。「グレイト」である。私はその年まで生きられるだろうか。無理だろうな？又、四才で「第九」を歌えるとは何んと幸福な事であろうか、「人類最高傑作」と言われる。この歌をこんな若い？うちから身近なものと出来るのだから、これからの人生に必らずや、良い影響を与えてくれるだろう。私四才、東京大空襲、その当時では全く考えられないような事である。とりあえず今の日本には戦争は無い、平和はありがたい事である。歌いながら今回は何故か色々の感慨が頭をよぎり、一瞬歌えなくなる事もあった。年をとったという事なのであろう。歌い終った時には又、いつもの様に深い感動であった。こういう場所で妻と共に歌えたという事に、感謝感謝であった。近い将来何かを歌っている自分を夢みて。</description>
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         <pubDate>Thu, 28 Feb 2008 18:56:04 +0900</pubDate>
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         <title>2月22日のひとこと</title>
         <description>昨年の春頃に一億二千万円の値がついた墨田区のあるワンルーム用地が、今では「八千万円前後だろう、それじゃなきぁ買い手はつかないよ」と言われた。買い手を探すのも大変である。ワンルーム用地が最も値下がりしているといわれているが、それにしても激しい下がり方である。しかもここで値下がりが止まる保証はどこにもない。建築費の高騰、建築確認の時間のかかり過ぎ、サブプライムローンの影響・・・銀行は貸し渋りというより出さない。ある「ノンバンク」、一部上場企業が金を借りに何社も来ているとか上場会社といえど金利は八％位とかそれでもお願いしたいと・・・上場会社に対しても銀行が貸し出さないという事は容易ならざる事態である様に思える。まあここ数十年銀行は銀行の体を成していないが・・・情勢は今我々が考えているよりはるかに悪いのかもしれない。あの会社はもうすぐつぶれる様だというような話が、そこかしこから聞こえてくる。競売件数は増えてきている。特売に回る物件もちらほらと、これは何を意味するのだろう。</description>
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         <pubDate>Thu, 21 Feb 2008 18:57:19 +0900</pubDate>
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         <title>2月15日のひとこと</title>
         <description>建国記念日、三連休の最終日、秩父、長瀞の「宝登山」という所へ、はとバスのツアーで行った。風もさして強くなく、好天に恵まれ、絶好の行楽日和であった。目的は「ろう梅」を見に、そしてその「かおり」を味わいにであるが、皆さんは「ろう梅」という梅をご承知ですか。私は今回妻から初めて聞きました、全く知りませんでした。この年になっても未知の事が何んと多い事か、もちろん見たのも初めてで、少し濃い目の黄色い色をした、小さな花で満開一歩手前という状況でした。ぷっくらとした、どちらかと言えば可愛いい部類の花で、香りは何か平安時代の若い女性を思わせる様な（もちろん、かいだ事などありませんが）くせになりそうな、微妙な香りでした。しかしまあ沢山の人達が来ていました。そして花に鼻を着ける様にしてクンクンと香りを楽しんでいました。桜の花見とは又一味違う感じで味わっていました。自然に入り込んで、のどかに過ごすこういう日もいいなあと感じました。平安時代の乙女に会えるかもしれませんものね。</description>
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         <pubDate>Thu, 14 Feb 2008 18:32:22 +0900</pubDate>
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         <title>2月8日のひとこと</title>
         <description>我々競売屋というのは一般的には物件を競落し、事件的な部分（例えば明渡しなど）をうまく処理し商品化する。そして売却する。これで利益をあげる。事件的部分が困難なほど、競争相手も少なく、安く落札出来る可能性も出てくる。ましてや「特売」の中からでも見つけようものなら、それこそ競売屋冥利につきる。誰も出来なかった事が出来たという事で自慢の種にもなる。そういう事で昔は競売屋を事件屋と呼ぶような時もあったが、事件屋というのは自から何かもめ事を作り、それを解決する様に見せかけ、甘い汁を吸うという輩で、競売屋と一緒にはならない。しかし最近では競売に関する法律が整備されてきて、取り扱いも易しくなってきている。もう競売屋という名称は無くなったと考えていいのではないか。今年あたり皆さんも入札してみたらいかがですか。明渡しだけが少しむずかしいかもしれしれませんが、裁判所も色々と相談にのってくれるはずです。もちろん何かご相談があればお手伝いしますよ。ご検討を祈ります。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2008/02/28.html</link>
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         <pubDate>Thu, 07 Feb 2008 18:51:26 +0900</pubDate>
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         <title>2月1日のひとこと</title>
         <description>金の為なら何んでもする、それが犯罪といわれ様とも、ごく限られた個人や団体での話ではなく、日本を代表する一流企業が、又誰れもが知っている有名店が「偽装」である。何んの為にするのか、利益追求、どう考えても金の為以外は見当らない。建造物、保険、金融商品、飲食、紙・・・数えきれない、ちゃんとしているところを探す方が数が少なく手間がかからないかもしれない。毎日、新聞、テレビを見ているとハラのたつ事ばかり、しかし最近は慣れてきた。謝る方も少し長目に深くおじぎをすれば良いという感じ、情けない、どうして何もかもこんな風になってしまったのか、「人生意気に感じる」とか、「壮大な夢を持つ」とかの気概はどこへ行ったのだろう。皆んな一度の人生をどう生きたいと思っているのだろう。何か自分の事しか考えていないのではないだろうか。自分さえ良ければ「人の為に生きる」などという言葉は死語か。ある弁護士、豪邸に住み、ベンツ数台、ゴルフ会員権一億五千万円どこか変ではないか、そんなに儲かるのか、「社会正義を実現する」という使命は・・・これからどんな人生をやるつもりなのだろう。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2008/01/21.html</link>
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         <pubDate>Wed, 30 Jan 2008 20:16:44 +0900</pubDate>
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         <title>1月25日のひとこと</title>
         <description>クリントン政権下アメリカの株価は四倍になった。それが崩壊すると、今度はそのお金は、不動産に注込まれた。そしてブッシュの政権の間に不動産は三倍になる。完全にバブルである。そして今まさにサブプライムローン・・・これに関しては日本はアメリカよりもはるかに先進国である。かつてのバブル崩壊時に「政」も「官」も見事に？処理を誤った。そして苦しい苦しい空白の十年を経験する事になる。大手企業も都市銀行ですらバタバタとつぶれて行った。都内の地価は十年の間に1/5から1/10になった。不動産をかかえていた企業は総くずれとなる。当然融資していた金融機関も「住専」などというところは影も形も無くなった。「日住金」などという会社は十年後には日本を代表する企業になるはずだった。私どもが平成二年に売り抜けた不動産、十五億円で売却したのであるが、買ってくれた会社が十年後に再販出来た価格は一億八千万円、1/10である。ずっと持っていたら、今でもゾッとする。この苦い経験を踏まえ、最良の解決策を「福田総理、イニシアチブを取ってアメリカに教える時ですぞ。」</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2008/01/125.html</link>
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         <pubDate>Fri, 25 Jan 2008 15:52:17 +0900</pubDate>
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         <title>1月18日のひとこと</title>
         <description>新年早々から今話題のサブプライムローンの波をまともに受け、株価は大暴落、シティーバンクグループ、メリルリンチ、何兆円の損害などと、新聞を賑わしている。
日本の都市銀行も軒並何千億円単位でやられているという記事を見るにつけ、世界、日本に冠たる金融機関での事件、それぞれとてつもない優秀な人材を持っているはずなのに、予測出来ないはずがないのに、バブル崩壊時の状況とあまりにも似ている。
不動産がずっと右肩上がりのままでいるはずはないではないか、誰もがわかる事が、金融機関のお偉いさん達には見えないのか、一般の人からは高金利をとり、手数料を高くとる事にうつつをぬかし、あげくの果ての今回の事件、大丈夫なのかというより、情けない。政治と一緒で金融機関は中小企業や一般人の方には全く向いていない。
かつては都市銀行たるもの零細企業に対しても、２とか３％とかの低金利で融資をしていた時代があった。しかし、最近ではカードローンとか何とか体裁をつけて、消費者ローン会社を傘下に高金利をはずかげもなく、公告している。しかもこれからはそれに力を入れて行くとか、厚顔無恥そのものである。
競売件数も増加して来ているようだ。価格も少し下がり出している。さあそろそろ出番かなと思っている。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2008/01/118.html</link>
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         <pubDate>Thu, 17 Jan 2008 17:37:54 +0900</pubDate>
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         <title>1月11日のひとこと</title>
         <description>好天気の正月も終り、一月も、もう1/3が過ぎた。とにかく年とるごとに月日が経つのが早くなる。
年賀状のやりとり、整理もほぼついた。三、四通くるはずのでこないのがある。少し気になる。どうしたんだろう。何かあったのかなあと。去年の暮には忌中のハガキが二通だけ、一昨年などは十通以上がきた。同世代はもちろんの事、少し下の人達でもお亡くなりになる人がいる。人間はいつかまちがいなく死ぬ。「死ぬ前一年間が幸福ならその人生は良かったんだ」と父から言われた事がある。こんな世の中である、決して住み易いとはいえない。「偽」という字がその年の言葉になるくらいである。何か日本のみならず、世界中が違った方向に向かって進んでいる。行ってはならない方へ、滅亡へ向かってまっしぐらでなければよいのだが、こんな中で、年頭、いくつか夢を抱いた。一日一日を楽しく生きる。世間の暗さやいやな出来ごとには左右されず、そして今年は海外旅行をしたい。一つはハワイ、もう一つはエジプトになるかな、第二の故郷のニュージーランドになるかな、全部出来たらベリーグッド。又、書道の師範になる事、五十の手習いで始めてもう十五年になる。ラブレターを筆で書くのが夢という、不純な動機で入った世界であるが、まあなんと古い世界である事が、あきれ果ててしまう事もあるが、何んとなしに居心地が良かったのであろう。しかし、むずかしい。昨年は見事に師範試験に落ちた。時に真剣になるのも良かろう。そして誰にラブレターを書こうかな。こんな事を考えて、ニヤニヤしている今日この頃である。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2008/01/111.html</link>
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         <pubDate>Fri, 11 Jan 2008 10:39:48 +0900</pubDate>
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         <title>12月21日のひとこと</title>
         <description>早朝、週二度ほどゴルフの練習場へ行く。
右手に海を見ながら打つのであるが、その右端の方にはディズニーランド附近のホテルやマンションなどが見える。左手には千葉の工場の様なものも見える。その間から真赤な大きな太陽が昇ってくる、今の季節、六時では真暗、六時二十分位から少し明るくなる。
昨日は六時四五分、水平線に太陽の一部が見え出し、二、三分できれいな円となった。夏は五時半といえば明るいのだが、地球軸が傾いているのがわかる。少し雲のある日の日の出はより美しい。自然と手と手を合せる。そして頭を下げる。今こうして自分がいられる事に感謝、感謝。それにしても何んと巨大で美しいのだろう。一億五千万キロメートルの彼方にある太陽、想像も何もつかないが、とてつもなく遠いいのだろう。しかもずっと燃え続けている。地球との距離のほど良さが、人間が住めるという状態に地球をしてくれている。近過ぎても、遠過ぎても、今の地球はない。壮大な「大宇宙」から見れば、地球はほんのちっぽけなものなのに、「大きな恵みの中で生かされている」のだ。その地球を地球に住んでいる我々が自ら破壊しようとしている。せっかく生かしてくれているのに。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2007/12/1221.html</link>
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         <pubDate>Fri, 21 Dec 2007 09:59:33 +0900</pubDate>
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         <title>12月14日のひとこと</title>
         <description>残った二輪のカサブランカも見事に咲いてみせてくれた。約三週間に渡り二、三輪づつ日を違えて咲いてくれるという「ショウ」。最初に咲いてから最後のつぼみが開花する迄十日間という時間差、これは一体何んなんだろう。十二個のつぼみが一時に、一斉に開いてしまったら、三週間はとても楽しめない。この時間差にはただただ感心するのみ。ありがとう、カサブランカ。昨日は昔の私のサラリーマン時代の同僚達とのゴルフコンペ、三組で行なわれたのだが、一番若いのでも六十才を軽く越えている。仲間の中からも「養老院のコンペみたい」との言葉が出るくらい。人が打っているのにチラチラ動くわ、しゃべるわ、自分の打数は数えられなくなるわ、悪気はないのだが、ピリッとしない事夥しい。ただ口だけは皆達者で、昔の通り、いや昔より数段上かも、「くそ！」「へた！」「馬鹿！」「ぶっ殺すぞ！」などと聞くに堪えないレベルの低い言い合い。しかし、しかし、このコンペの為に遠く二時間半もかけて栃木から殆んど寝ないで出て来て、大タタキし、ビリになる者、皆すごく楽しみにしているのがよくわかる。若き青春時代に戻り、当時のつもりでの会話、肉体は衰えても、気は若い。この会の長く続く事を、そしてこの皆んながいつまでも元気でゴルフがやれる様に・・・。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2007/12/1214.html</link>
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         <pubDate>Thu, 13 Dec 2007 17:32:29 +0900</pubDate>
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         <title>12月7日のひとこと</title>
         <description>十一月二十三日（結婚記念日）に買って来たカサブランカがまだ楽しませてくれている。ほぼ二週間が過ぎているが、つぼみもまだ二つある。これが開花するかどうかも楽しみである。
花は皆大きく、私が両手を広げたくらいはある（私の手は相当大きい）。文句なく大輪である。堂々としている。少し高値のものを無理したのである。妻の手前、見栄を張った？のであるが、これほど楽しませてくれるとは、香りも咲き始めが強く、部屋に入っただけでプーンとくる、見事である。花にも色々あるが、春の桜、一週間の命というのが、日本人にはうけるのであろう。「散ってなおときめき残す桜かな」何年か前にラジオで聞いた句であるが、日本人というのは自然から色々な事を感じとれる民族なのであろう。俳句や和歌の様なものは他にない、ニュージーランドでは桜は九月に咲く、オークランドで桜の木の下で宴会もどきをしていたら、ニュージーランダーから「何をしているのですか」と聞かれた。あちらにはそういう風習は全くない。わびさびなどというものを感じられる我々日本人は素晴らしい感性を持っていると言えるのかもしれない。しかし最近はそういう事もまるで感じなくなっている様な出来事が多過ぎる。
「日本人、どうしたんだ！」。</description>
         <link>http://www.keibai-ninbai.com/blog/2007/12/127.html</link>
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         <pubDate>Thu, 06 Dec 2007 16:57:07 +0900</pubDate>
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         <title>11月30日のひとこと</title>
         <description>天津小湊温泉へ一泊して来た。
市原で高速を降り、２９７号線から養老渓谷へ、紅葉を見ようと、しかし、途中、大渋滞。
すぐ断念する。かつてゴルフの時に泊まった民宿や料理屋の前を通る。又いつかくるかな？
中野という小さな駅の構内に車を止め、近くのソバ屋さんへ昼食、１１月の終わりとも思えないポカポカ陽気の中、ローカル色たっぷりの地に何か優しい感じがする。ソバもうまかった。大多喜城を散策、少し紅葉が見られる。
宿は内浦湾の西の端にあった、海に面していて絶景。堤防には釣人がチラホラと、のどかを絵にかいたよう。料理もおいしく、しかし量が多過ぎる。最近は本当に食べられなくなった。食欲と性欲は一致するとか、しないとか、これじゃいかんなと。湯はとても易しい、ほんの少しヌルッとするのが何んともいえない、長く入っていられ、寝てしまいそうになった。程よい疲れもあってか床につくやいなや、バタン、キュー。
翌朝、宿を出て一路「勝浦の朝市」へ。日本三大朝市の一つとか。かつて知ったる場所へ車をとめる。月曜日の朝という事もあり、市は地元の人のみでガラガラ。
妻、大活躍。重い荷物を持たされ車へ。
帰りの道はすいていた。のんびりとした楽しい二日間であった。</description>
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         <pubDate>Fri, 30 Nov 2007 14:18:43 +0900</pubDate>
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