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2007年07月 アーカイブ

2007年07月06日

7月6日のひとこと

競売の実務の中では明渡しが最もむずかしい。
家族で生活していたり、店として営業しているのを出て行ってもらう交渉なのだから、年老いた夫婦にここで死なせてくれ、子供の卒業まで何んとか、せっかくお客さんが増えたのに、時には空家のはずが組の看板が出ていたり、これを法律知識と腹芸で解決していくのである。
明渡しが出来る様になれば、一人前の競売屋として認てもらえた。
今、この明渡しについて、私はむしろ女性の仕事だと思っている。もちろんある程度の年の女性でなければ無理であるし、男性一人の家なども、さけた方が良いとは思うが、私どもでも女性の仕事として定着してきている。
原則論は、本当に、丁重に接する事である。

2007年07月13日

7月13日のひとこと

「司郎さん、ホテル行こう」小学五年生の女の子からの誘いであった。夏になると、プール付のホテルへ行きたがった。三時間でも四時間でもプールで遊んでいた。夜になると疲れて、すぐに私の腕の中で寝てしまった。私が二人だけでホテルヘ行った、最も若い女性であった。可愛くてしょうがなかった。今は十八才になり、メキシコ大学の医学部の一年生である。私の唯一の姪である。もうずい分と会っていない。
かつてユカタン半島を旅した事があった。スペイン軍がここからメキシコに攻め入ったという海岸で遊んだ。もう何も言葉はいらなかった。「地球にはこんな美しい場所があったのか!」。「地球は何んと素晴らしいのだろう!」。昨日の事のように思い出される。
しかし、しかし、今この地球を、我々人類が、どんどん汚し、破壊している。この姪が私の年になる迄、五十年ほどあるが、「地球は持つのか!」「快適に過ごせる場所でいられるのか!」何か、これからの若い人達に我々は、とてつもない罪を犯してしまったのではないか。

2007年07月20日

7月20日のひとこと

新潟を、又、又、大地震が襲った。狙い打ちをしているのではないかと思えるほど、新潟が標的にされている。小千谷にいる親友と夕方連絡がとれて「もう本当に、こわかった。酔っぱらいそうであった。家をとび出すのが勢一杯であった。」無事でいてくれた。無性にうれしかった。ほっとした。この地球では今はもう何が起っても不思議ではない状況に思える。もっと、とんでもない、大きな天変地異が起るのか、地球が怒っているではないか、宇宙から見た地球、それは実に美しいと、どの宇宙飛行士も異口同音に言う。その地球に今何が起っているのだろう。温暖化の影響で私がスキップして歩いた、あのベニスもあと十年持つかどうかとも言われる。大至急「どうにかしろ」と地球が言っている様に聞える。
新潟地震もその警鐘では・・・・・・

2007年07月27日

7月27日のひとこと

書道を習い出して、もう十五年近くなる。ゴルフに勝つ為に集中力をつけるという、妻のアドバイスで始めた。夫婦で机を並べて二年ほどはやっていたのであるが、私がその教室に定着するのを見届けると、妻はさっさとやめて行った。私達の後の席にいた若いお嬢さんに、「お習字が終わった後は司郎さんと一緒に食事をしてあげて」と、私を彼女に託した。私の言い分など全く聞く必要もないほどの美しいお嬢さんであった。後年私たちの実の娘のようになるのであるが、妻の作戦にマンマとはまり、私は別な楽しみもあってせっせと教室に通う事になる。
しかし、大変な世界に入ってしまったと思った。古い習慣が敢然と残っていた。とにかくむずかしい、思うように書けない。又年がら年中出品する為に、次から次へと作品を書かなければならない。早朝や、土曜日をその時間に当てるのであるが、十五年もやっていると、もうそれも習慣化されてきて、生活の一部になっている。最近では、私のとっての一番の「寛ぎ」の時であり「無」の時間でもある。習字での娘も今はもう二人の子のお母さんである。結婚式にも夫婦で招待され、本当のご両親から「東京のパパ、ママと言って慕っておりました、本当にお世話になり、ありがとうございました」と、もうあれから十年ですか。

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