◆昔の競売・その1◆
昭和20年代の中頃、初めて父に連れられて、東京地裁の競売場へ行った。
日比谷公園の前の焼け跡に建てられた2階建てのバラックであった。1階と2階で同時に競りが行われていた。父は階段を駆け上ったり降りたりと忙しく行き来して、両階で競っていた。
普段の父と違い、大変な迫力であった。
小学生だった私を何故競売場へ連れて行ったのかよく分からないがそれ1回きりのことであった。それから20年後に自分が競売場に出入りする様になるとは予想も何も出来なかった。競売場が呼び寄せたのだろうか?
当時は敗戦直後の混乱期で競売件数もやたら多かったと聞く。M会J一家が牛耳っていて、競売屋と言われる人達以外の一般の人は全く参加出来なかった。もし参加するとすれば、J一家のS組の四天王と言われた人の誰かに依頼するしかなかった。競売場とM会の完全な独占市場であった。談合も日常茶飯事、時に刃傷沙汰もありマスコミを賑わせた。
残念ながら四天王と面識はない。50年以上も前の話である。その頃の人、父と競合した人達はもう殆どいない。その父も23年前に亡くなった。79歳であった