4月1日よりブログをお休みいたします
4月1日から都合により2~3週間程ブログをお休みさせて頂きます。
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昭和三十八年春、東京ダイハツ入社、新入社員講習の時に「ゼネラルモーターズ」の年間取引高が日本の国家予算を上回っているという話は衝撃的であり、アメリカという国の大きさ、ものすごさを確認させるに充分であった。一社で日本の国家予算、終戦後すぐに立川で母と住んでいた私は「ギブミーチョコレート」を経験している世代であって、進駐してきた米兵達には少しの恐怖感と大きな尊敬の念をもっていたような気がする。彼等も少なくとも我々子供達には易しかった。このような体験からアメリカには夢と憧れを持っていた。アメリカ本土に初めて立った時の感動は今でも忘れられない。そのアメリカの「ゼネラルモーターズ」を日本の「トヨタ」が一社で抜こうかという勢いである。隔世の感がある。あれから四十五年日本の経済発展は途方も無い成長をした様に見える。しかし人々の生活はそれと同様に良くなったのであろうか。そうは思えない。何かとても大切な「もの」を置いてきてしまった様に思えてならない。「夢」も「希望」も持てない、何か一途にもなれない。バランスの悪さを感じる。東京のド真中の地下道に寝ている人の何んと多い事か、「これはおかしいですよ!」
全く忘れっぽくなってきた。「昨夜の夕食何だった」と聞くのが「ボケ」の状況を見る一つの基準になるとか、少しの時間は考えても良いという但書はつくが、自分はまだ大丈夫かな?、何に対しても出来るだけメモをとる様にいている。人との約束を忘れてしまったという事態はまだ起こしていないが、段々あぶなくなりそうである。六十才までは老化という変化をあまり感じる事はなかったのであるが、六十五才を越えたあたりから、これはおかしいぞ、ああ衰えたなあと感じる事がどんどん出てくる様になった。テレビを見ていても、見覚えのある俳優さんなのだが、名前が出てこない。三日位して突然思い出したりする。それが妙にうれしかったりする。古い事は結構記憶しているのに、最近の事が思い出せない。一週間前に会った人の名前が思い出せない。まあ沢山の人を会っているのだからしょうがないと、自分に弁解している。「麻雀」「競馬」「女」この三つをボケ防止の「三種の神器」とかつて悪友が教えてくれた。実践してみるか!理にかなっているとは思う。先日新宿駅の改札口で「鈴木さんしばらくです。お元気ですか」と声をかけられた「やあしばらく」と返答はしたものの今だに誰だかわからない。「沢山の人に会うからしょうがないか!」
国技館で行われた5000人の「第九」に参加し、夫婦で歌ってきた。5000人とは合唱団員の数である。上は九十二才から下は四才まで、それこそ老若男女、色とりどり。九十二才で「第九」を歌おうとはただただ絶句、胸があつくなる。多分、前向き前向きの人生を歩まれてきたのであろう。「グレイト」である。私はその年まで生きられるだろうか。無理だろうな?又、四才で「第九」を歌えるとは何んと幸福な事であろうか、「人類最高傑作」と言われる。この歌をこんな若い?うちから身近なものと出来るのだから、これからの人生に必らずや、良い影響を与えてくれるだろう。私四才、東京大空襲、その当時では全く考えられないような事である。とりあえず今の日本には戦争は無い、平和はありがたい事である。歌いながら今回は何故か色々の感慨が頭をよぎり、一瞬歌えなくなる事もあった。年をとったという事なのであろう。歌い終った時には又、いつもの様に深い感動であった。こういう場所で妻と共に歌えたという事に、感謝感謝であった。近い将来何かを歌っている自分を夢みて。
